Profile


Osuke(B,Vo), Akio(Dr,Vo.),Kazuya(G,Vo),
(2006.3.29、Los Angeles Knitting Factory)


2002年、Kazuya(Vo.G)が欧介(B)、アキオ(Dr)と横浜で結成したスリーピースのロックンロールバンド THE EMERALDSを結成。

アメリカで開催される世界最大級のロックフェスティバル“SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)”への6年連続出演や毎年の全米ツアーをはじめ、カナダの"CANADIAN MUSIC WEEK"、韓国の3万人のオーディエンスが集る"SSAMZIE SOUND FESTIVAL"出演など、日本だけでなく世界のステージで活躍中。そのパフォーマンスは、あのRolling Stone誌に取り上げられるほどの大きな熱狂を生み出している。

カタナのようにキレ味鋭い演奏にのせて、マシンガンのように繰り出される愛の歌。そしてそのエンターテイメント性にあふれる熱いパフォーマンスから、“世界の恋人”と称されるTHE EMERALDS。

撃ち放たれた愛の歌は、さらに世界中へと拡がり続けている。



“やっぱり愛って俺たちにとって大切なんだよね”

2002年 、“愛”をマシンガンのように語るR&R TRIOとして結成。東京・神奈川を中心に活動を拡大していくなかで、2003年、大阪のイベントで一緒になったBLEACHのライブにて、アメリカのテキサスで開かれ、世界中のアーティストが参加する世界最大級のロックフェスティバルSXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)の応募用紙と出会う。好奇心で応募してみたところ、アメリカでのオーディションを通過。THE EMERALDSの世界への挑戦が始まる。


“SXSW2004への参戦を皮切り、以後4年連続参戦&4度の全米ツアー決行”

2004年、氣志團、くるり、FuzzyControl、ギトギトハスラー、BleachとともにSXSWに参戦。地元メディア・オーディエンスから絶賛を受けると同時に、参戦したバンドからも大きな刺激を受ける。そして2005年も引き続きオーディション通過。Guitar Wolf、ThePillows、BonniePink、チタン合金ズetc.とともに選ばれ出場。この年は、各都市から多くのオファーを受け、春・秋2回の全米ツアーを決行、またBostonで開かれるNEMO MUSIC FESTIVALに日本のバンドとして初参加。昼にBoston、夜にNYと1日2都市という強行スケジュールをこなし、ここでも大きな反響を呼ぶ。
そしてそのステージは、あのRolling Stone誌に取り上げられるほどの、全米で大きな熱狂とBUZZ(噂)を生み出した。


“2005年、アメリカでの鍛練が、国内でも結実しはじめる

『タノシイ』と『カッコイイ』のギリギリへ”

2005年のSXSW&全米ツアーから帰国後、3曲入りマキシシングル「Surfing Baby」を全国発売。このころからアメリカという厳しい環境で鍛えられ蓄えられたチカラが、国内でのパフォーマンスにおいても如実に現れるようになり、「タノシイ」だけ、「カッコイイ」だけじゃなく、とてつもなく「タノシくてカッコイイ」、でもどちらかといえばギリギリで「カッコイイ」ライブバンドとして攻め始める。結果、活動が飛躍的に拡がりを見せ、テレビやラジオなどでの特集や国内の大きなイベント等の出演オファーが一挙に増加しはじめる。


“2007年、「褒められて伸びるバンド」THE EMERLADS。”

2006年春、ELLEGARDEN、PE’Z、STANCE PUNKS、RODEO CARBURETTOR、つしまみれとともにSXSWに3年連続参戦。これらのバンドが出演した「JAPAN NITE」でトリをつとめ、このメンツで全米11箇所のツアーを敢行。アメリカからTHE EMERALDSのBUZZ(噂)が世界中へ拡がりはじめ、アメリカのみならず、ヨーロッパや南米といった世界中のラジオで多く流れるようになり、ここに来て世界中でファンが急増、2006年9月には韓国・ソウルのオリンピックパークで開催され、30,000人が集まる韓国最大のフェスティバル"Ssamzie Sound Festival"にて、日本からのゲスト・バンドとして出場、アジア進出を果たした。2007年3月には、カナダのトロントにわたり、Canadian Music Weekに参戦。地元トロントのインディーズチャートで17位を獲得。そのままアメリカを南下し、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、シカゴ、でライブツアーをこなし、HY、ザ・50回転ズ、浅草ジンタ、GO!GO!7188、ピストルバルブ、オレスカバンドらとともにSXSW2007 JAPAN NITEに参戦。2年連続トリをつとめる。2007年9月には、ニューヨーク在住の日本人バンド、「Peelander-Z」、最後のグループサウンズ「ザ・キャプテンズ」とともに、ジョージア州アトランタで開催された「Anime Week Atlanta」へ参加した。

時をかけるロックンローラー

2008年、5年連続のSXSW出場、USツアー、初のハワイでのアニメコンベンション参加、2008年9月、US サンアントニオで企画ライブを行い、日本で3ヶ月連続自主企画ライブを敢行、2008年10月、初のフルアルバム「LOVE IS ROLLING」をヨコハマ☆コロムビアより日本リリース、同時にUS Australian Cattlegod Records, 韓国ミラーボールミュージックからの3カ国同時リリース、2008年12月25日、代々木ザーザズーでの初のワンマンライブ。2009年1月、HBOの人気番組「Flight of the Conchords」のオンラインエピソードにて、SXSWの会場でFlight of the Conchordsよりサングラスについてのインタビューを受けるTHE EMERALDSのシーンが紹介され、関連動画としてJAPAN BAH PARTYの、昼間の公園のテントでの演奏(http://www.youtube.com/watch?v=EA-UVFX3g1o)が、いきなり4万アクセスを突破。
。2009年、前人未到の6年連続SXSW出場、2度目のハワイでのアニメフェス出場。
2009年11月、アメリカabc系列の全米放送のTVドラマ「Caslte Season2」エピソードにて、「Love Fire」の音源が使用されるなど、THE EMERALDSの「ロックンロール」は洋楽でもJ-POPでもなく、ただひたすらに「ロックンロール」として世界に認知されている。



2009年、The Rubies結成。「お前が踊れば世界が変わる」


2009年。THE EMERALDSのギターボーカルカズヤと、ベースボーカル欧介が、ドラムボーカルの「クララベル」ダイスケと新ユニットを結成。新宿のカラオケボックスでマイケルジャクソンのカラオケを踊りながら歌っていたタロウをスカウトし、「とりあえずステージと客席を行ったりきたりしながら踊ったり歌ったりアンケート配ったりしてて。」と指示をだし、タンバリンボーカルとして加入させる。 2009年10月、大阪ミナミホイールなんばHATCHにてライブ!2010年2月、やちよミュージックフェスタに出演。2010年3月、初のSXSW参加、そしてUSプチツアーを敢行!テレビ番組「ソロモン流」にて、ユーコスミダジャクソンさんのマイケルダンス教室に通うタロウの姿がオンエア、テレビ神奈川(TVK)ニコバンYMEにてUSツアーの模様がオンエア、2010年6月、マイケルジャクソンの追悼イベントでLos Angelesで「スリラー」を踊るタロウの様子がThe Rubiesの活動とまったく関係なくNHKのニュースで流れるなど、メディアへの露出をしながらも地道にライブ中心に活動中。半年の活動でタンバリンボーカルのタロウは、シンバル、タンバリン、クラッカー、拡声器、荷台、梯子、サングラスなどのアイテムを活用しだし、100年後の未来からやってきたロックンローラー、ギターボーカルのカズヤからの「バッチリがんばれ!」「ガンガン行こうぜ!」「おれにまかせろ!」といった掛け声とともに抱腹絶倒、阿鼻叫喚、毎日がニューイヤーズディ!なライブパフォーマンスを繰り広げだす。
バンド名、「THE RUBIES」ドレスコードは赤いパンツ!見に来たお客は「準メンバー!」ライブパフォーマンスは楽しすぎてアホスリリング!さあ一緒に踊ろうゼ!